外国市場で販売された製品について、専利権者が外国専利に基づき専利権侵害の警告書を送付した場合、台湾の公平交易法の規制を受けるのか
専利権(専利:特許、実用新案、意匠を含む)侵害の紛争が発生した場合、専利権者が、競合他社の特定の製品が自社の専利権を侵害していると主張するため、競合他社の相手方に専利権侵害の警告書を送付することは、多くの場合、時間的コスト及び費用の面でより経済的で、競合他社により大きなプレッシャーをかけることができるため、検討される手段の1つである。しかし、専利権者が市場利益を達成するために、権利の正当な行使の境界線に適切な注意を払わない場合には、競争制限やは不正競争につながりなねず、公平交易法(日本の不正競争防止法及び独占禁止法に相当。以下「公平法」という)第25条の「事業者は、その他取引秩序に影響を及ぼすに足りる欺罔行為又は著しく公正を欠く行為をしてはならない」の規定に違反するかどうかが問題となる。このため、公平交易委員会(日本の公正取引委員会に相当。以下「公平会」という)は早くも1997年に「事業者が著作権、商標権又は専利権の侵害に対し警告書を送付する案件に関する公平会の処理原則(中国語:「公平交易委員會對於事業發侵害著作權、商標權或專利權警告函案件之處理原則」)」を策定し、権利者の行動の指針として、知的財産権者が競合他社の相手方に警告書を送付する際の行動規範を定めている。
しかし、科学技術の進歩、頻繁な国際往来、インターネットの普及に伴い、今日のビジネス慣行はすでにグローバル化されており、市場競争はもはや一国に限定されず、企業もグローバルな専利ポートフォリオを展開しているため、台湾の公平法及び上記処理原則の適用範囲を、外国で販売された競合他社の製品が外国専利権を侵害しているという主張にまで拡大できるかどうかは疑問である。知的財産及び商業裁判所(以下「IPCC」という)が2023年12月26日に下した112年(西暦2023年)度民公訴字第1号民事判決では、この問題について肯定的な立場をとっている。
本件において、原告甲社と被告乙社は、いずれも台湾のチップメーカーである。被告乙社は、係争米国特許の特許権者であり、米国電子製品市場において、第三者である丙社(同じく台湾のメーカー)が製造・販売するノートパソコン製品に含まれるチップが、係争米国特許権を侵害している疑いがあることを発見した。その後、乙社は、米国市場において、当該製品を購入し、分解・分析し、鑑定を依頼した後、丙社とその米国支社に警告書を送付し、丙社が米国で販売した製品に含まれるチップが係争米国特許権を侵害していると主張した。
原告甲社は、上記ノートパソコン製品のチップメーカーであり、特許権侵害の可能性はないと主張した。その主な理由は、係争米国特許が米国特許商標庁(USPTO)により特許年金の未納による権利失効の公告がなされたことがあり、その後、権利が回復されたが、米国特許法によれば、この期間中は中用権(intervening rights)が適用されたため、原告甲社は、被告乙社がこの権利失効期間に警告書を送付した行為は、公平法違反であると主張したからである。
これに対し、被告乙社は、当該警告書は米国市場における係争米国特許を侵害する製品の販売に向けられたものであり、関与した取引市場は米国であり、台湾市場とは関係がなく、台湾市場の競争秩序に影響を与えないため、台湾の公平法の適用を受けるべきではないと主張した。最終的に、IPCCは上記判決において以下のとおり判示した。
一、 公平法第5条によると、「この法律でいう関連市場とは、事業者が特定の商品又は役務につき競争を行う地域又は範囲をいう。」いわゆる関連市場とは、経済学上の競争圏を指し、商品の代替性の広さや販売地域の違いによってその地域又は範囲が定められる。関連市場を画定するには、製品市場と地理的市場を総合して判断しなければならない。製品市場とは、機能、特性、用途又は価格などの条件において、需要又は供給の代替性が高い商品又は役務によって構成される範囲を指す。地理的市場とは、事業が提供するある特定の商品又は役務について、取引相手が他の取引対象を容易に選択又は切り替えできる地域の範囲を指す。製品市場、地理的市場の考慮に加えて、特定の市場範囲に対する時間的要因の影響もケースバイケースで評価することができる。
二、 本件では、原告甲社と被告乙社は、いずれも台湾のチップメーカーであり、甲社はチップの製造を完了した後、モジュールメーカーに販売し、モジュールメーカーが組み立てた後、最終製品の電子ブランドメーカーである丙社に販売する。丙社の米国支社、丙社が米国に設立した関連企業であり、丙社から上記チップ製品を入手するための取引障壁は極めて低いため、米国と台湾は単一市場とみなされるべきである。
三、 原告甲社と被告乙社は、関連製品の範囲がかなり重なっており、どちらも台湾のチップメーカーであることから、互いに競争関係にあることは明らかである。したがって、被告乙社が上記の警告書を送付した行為は、原告甲社が製造した係争チップの台湾外における供給の代替性に影響を与える可能性がある。半導体チップの応用分野は極めて広範であり、その販売地域には法的制限がなく、実際の市場におけるサプライチェーンは狭い地理的地域に限定されるものではなく、グローバル展開しているはずである。したがって、被告乙社が上記警告書を丙社の米国支社等の最終製品ブランドのクライアントに送付した行為は、原告甲社の台湾と米国におけるチップの製造販売市場に全く影響しないとは言い難く、公平法の適用を求める原告の主張は理由があるというべきである
四、 公平法第30条によると、「事業者は、この法律の規定に違反して他人の権益を侵害した場合は、損害賠償の責任を負わなければならない」と規定されている。本件では、被告乙社は特定の期間内に、係争米国特許を行使することができながったため、裁判所は、その期間中に警告書を送付した行為は、公平法第25条の規定に違反すると判断し、この点について、被告は損害賠償の責任を負うべき旨判示した。
以上から分かるように、特許権者が外国特許に基づき、外国市場で流通している製品に対して特許権侵害の警告書を送付した場合であっても、特定の状況下では、裁判所は依然として台湾の公平法が適用されると判断する可能性があり、関連する法令及び処理原則に注意を払う必要がある。