ニューズレター
商業的成功に関する知的財産及び商業裁判所の最新判断基準
専利(特許、実用新案、意匠を含む)審査基準では、進歩性の補助的判断要素(secondary considerations)として「発明が商業的成功を収める」こと(以下「商業的成功」という)を挙げており、「特許出願に係る発明が商業的成功を収め、その成功が販売手法や広告宣伝などの他の要素によるものではなく、当該発明の技術的特徴に直接起因する場合、進歩性を肯定する要素があると判断できる」と規定している。しかし、同じ発明が商業的成功を収めたか否か、商業的成功が進歩性の判断に影響を及ぼすのに十分か否かについて、最高裁判所、最高行政裁判所、知的財産及び商業裁判所(以下「IPCC」という)が以下の判決で採用した基準は異なっているようである。
一、背景事実及び訴訟の経緯
台湾特許第420783号「コマンドレスプログラマブルコントローラ」(以下「係争特許」という)の特許権者は、被疑侵害者が開発したツール「Q-Code」(以下「係争製品」という)が、文言上係争特許の請求項21、27、28、36、37(以下「係争請求項」という)の範囲に属し、係争特許を侵害すると主張して、損害賠償を求める民事訴訟を提起した。知的財産裁判所(以下「知財裁判所」といい、2021年7月1日付で「知的財産及び商業裁判所(以下「IPCC」という)に改組)は、一審判決及び二審判決(106年(西暦2017年)度民専訴字第1号、107年(西暦2018年)度民専上字第23号)を下し、いずれも係争請求項は進歩性を有していないとし、特許権者に不利な判決を下した。最高裁が原判決を破棄してIPCCに差し戻す判決(111年(西暦2022年)度台上字第186号)を下したにもかかわらず、IPCCは依然として係争請求項は進歩性を有していないとし、特許権者に不利な判決を下した(111年(西暦2022年)度民専上更一字第11号)。
なお、被疑侵害者もまた、係争請求項に対して無効審判を請求した。智慧財産局(台湾の知的財産権主務官庁。日本の特許庁に相当)は審理を経て、係争請求項について無効審判請求が成立し、取り消すべき旨の処分を下した。特許権者はこれを不服とし、訴願を提起したが、訴願決定により訴願が棄却された。その後、当該処分及び訴願決定の取り消しを求める行政訴訟を提起した。上記民事判決と同様に、知的財産裁判所も、係争請求項は進歩性を有していないとし、特許権者に不利な判決を下した(108年(西暦2019年)度行専訴字第41号)。最高裁が原判決を破棄してIPCCに差し戻す判決(110年(西暦2021年)度上字第597号)を下したにもかかわらず、IPCCは依然として係争請求項は進歩性を有していないとし、特許権者に不利な判決を下した(111年(西暦2022年)年度行専更一字第7号)。
二、背知財裁判所の判決の概要
民事訴訟二審判決(107年(西暦2018年)度民専上字第23号)及び行政訴訟一審判決(108年(西暦2019年)度行専訴字第41号)は、いずれも以下のように判示した(民事訴訟一審判決は、商業的成功について言及していない)。
商業的成功をもって進歩性を有しないとの判断を克服するためには、特許製品の販売数量が同種の製品よりも多いこと、又はその製品が市場において独占的な地位を有していること、又は競合他社の製品に取って代わった能力を有することを立証することに加えて、特許製品の商業的成功が当該特許の技術的特徴に基づくものであることを立証する責任も特許権者が負うべきである。係争特許の請求項数は43であり、特許請求の範囲及び発明の範囲には、制御装置、プログラミング方法などが含まれる。特許権者は、業者がライセンスを取得したことが直接係争請求項に基づくものであることを立証していないため、係争請求項が「商業的成功を収めた」とは考えにくい。
三、背最高裁判所及び最高行政裁判所の判決の概要
民事訴訟三審判決(111年(西暦2022年)度台上字第186号)及び行政訴訟二審判決(110年(西暦2021年)度上字第597号)は、いずれも以下のように判示した。
特許権者は、係争特許は20年以上前に、英、米、中、日などで認められ、また、台湾の音声IC業界で、数社の上場企業が係争特許の内容を検討して特許ライセンス契約(特許実施許諾契約)を締結し、係争特許の技術を搭載した数十億ものICを輸出していることから、係争特許は商業的成功を収めたものであると判断するには十分であると主張した。さらに各国の特許明細書、又は特許公報及び特許ライセンス契約の1ページ目が証拠として提出された。以上の説明と一般的な論理則・経験則に照らすと、上記主張は全く根拠のないものではなく、しかも係争特許の進歩性判断に影響を与えると思われる。
四、IPCCの差戻判決の概要
民事及び行政訴訟における差戻一審判決(111年(西暦2022年)度民専上更一字第11号及び111年(西暦2022年)度行専更一字第7号)は、いずれも以下のように判示した。
1. 特許権者は、多くの企業とライセンス契約を締結し、係争特許を自社製品に適用していると主張したが、特許権者は、以前、玩具メーカーマテル社(MattelInc.)に勤務しており、IC製品の調達に影響力を持っていたことから、IC企業が、係争特許の技術的特徴に直接起因して特許権者とライセンス交渉を行ったという特許権者の立証は疑問である。また、ライセンス契約の締結は商行為であり、その背後には他にも多くの考慮事項がある。ライセンスの取得は、特許権者がライセンシーに対して訴訟を起こさないという合意を意味するに過ぎない。ライセンシーは、訴訟費用がロイヤルティを上回ると考える場合、ライセンス契約を締結する可能性があることから、ライセンス契約の締結は、ライセンシーが係争特許の技術的貢献を認めたことによるものであると直接推論することはできない。
2. ライセンシーは、いずれも音声IC業界の大企業であり、多くの音声ICモデルを設計、製造している。特許権者は、係争特許技術を適用した製品が上記IC企業の製品の一定の割合を占めていることを立証できない。ライセンシーの公式ウェブサイトには、MCU(マイクロコントローラユニット) ICの出荷数が10億個を超えたと記載されているだけで、その10億個のMCU ICのうち、どの程度の割合で係争特許技術を適用しているかは不明である。市場には、係争特許の実施許諾に関与していない他の音声IC企業も存在し、特許権者は、音声IC市場全体における係争特許技術を適用した製品の割合を立証することはできない。一部の製品が特許権者から係争特許技術の許諾を得て、市場で販売されているとしても、これは、係争特許が商業的成功を収めたことを意味するものではない。
3. 特許の進歩性の判断は、技術面の価値に重きを置いており、商業的成功は進歩性の補助的判断に過ぎない。係争特許が商業的成功を収めたか否か、又は進歩性を証明するために特許権者がどのような補助的証明資料を提供したかにかかわらず、まず係争特許と引用文献とを対比すべきである。係争特許が進歩性を有していないことが明白であると認められる場合、進歩性の補助的判断を行う必要はない。証拠の組み合わせは、係争請求項が進歩性を有していないことを証明するのに十分である以上、係争特許が商業的成功を収めたか否かは、係争請求項が進歩性を有していないという結論に影響を与えない。
最高裁判所と最高行政裁判所は、特許権者がライセンス契約などの証拠により係争特許の商業的成功を証明したことは全く根拠のないものではなく、係争特許の進歩性判断に影響を与えることを認めた。しかしながら、IPCCは依然としてより厳格な立場をとり、特許権者は、ライセンス契約の締結が係争特許の技術的貢献によるものであることを立証しておらず、係争特許技術を適用した製品の市場占有率も立証していないとして、係争特許が商業的成功を収めたことを否定した。同裁判所はさらに、証拠の組み合わせが、係争請求項が進歩性を有していないことを証明するのに十分である場合、進歩性の補助的判断を行う必要はなく、当該補助的判断は進歩性を有していないという結論に影響を与えないとした。以上の判決は、特許の有効性をめぐる紛争における証拠準備、訴訟戦略策定のために参考に値するものである。特許権者が上告するか否か、最高裁判所と最高行政裁判所がIPCCの判決を受け入れるか否かは、引き続き観察が待たれるところである。