ニューズレター
進歩性の判断における「当業者の技術水準」の確立の必要性に関する知的財産及び商業裁判所の最新見解
専利法(専利:特許、実用新案、意匠を含む)第22条によれば、「発明は、その属する技術分野における通常の知識を有する者(person who has the ordinary skill in the art、すなわちPHOSITA、以下「当業者」という)が出願前の従来技術に基づいて容易に完成できるものであるか否か」の判断は、発明の進歩性の判断の核心である。しかし、裁判実務において、裁判所が判決において当業者の技術水準を確立する必要があるか否かについては、安定した結論は出ていないようで、台湾の最高裁判所と最高行政裁判所は、この問題について全く異なる2つの見解を示している。第1の見解は、裁判所は発明の進歩性を判断する際、当業者の技術水準を確立すべきであり、そうでなければ、判決には理由不備の違法があるというものである。一方、第2の見解は、裁判所が発明の進歩性を検討する過程は、ある程度、当業者の技術的能力を具体化したものであるため、判決において当業者の技術水準が確立されていなくても、その判断が違法であるとは言い難いというものである。
その中で、上記第1の見解を採用した最高裁判所111年(西暦2022年)度台上字第186号判決(判決日:2023年7月20日)では、以下のように判示されている。「発明が、その技術に精通した者(すなわち、本文中の『当業者』)が出願前の既存の技術や知識に基づいて、容易に完成できるか否かを判断するためには、以下の手順に従うべきである。......③対比対象の当業者の技術水準を確立する、......この点について、上告人は、係争特許の用語の解釈は、当該発明がなされた当時の当該業者の一般技術者の意見に基づくべきであり、技術的事項を明らかにするためには、20年以上前の当業者を専門家証人として依頼する必要がある、と主張した。......上記の規定と説明の趣旨によれば、当業者の技術水準は係争特許の進歩性の判断に関連しており、証拠調べをして認定されるべきである。しかし、原判決が、不採用及び証拠調べ不要の理由を記載しておらず、また、当業者の確立、すなわち、『係争特許の属する技術分野の技術に精通した者の技術水準』の判断手順を欠いており、直接上記の理由により係争請求項が進歩性を有していないと判断したのは、法令の不適用、法令の解釈適用の誤り、又は理由不備の違法があるものというべきである」これを理由の1つとして、原判決を破棄した。
しかし、原判決が破棄され、知的財産及び商業裁判所(以下「IPCC」という)に差し戻された後、IPCCは2023年11月2日に111年(西暦2022年)度民専上更一字第11号判決を下したが、やはり最高裁の指摘に反しているようで、判決では、当業者の技術水準を具体的に認定しておらず、当業者の技術水準を確立するために専門家意見書を作成した専門家証人を召喚して証言させる必要はないと考えている。その論理構成は以下のように要約される。
1. 「当業者」(PHOSITA)は、実在しない仮想人物であり、その技術力と主観的創造力は、外部証拠によって具体化されなければならない。特許訴訟の実務において、係争特許の技術分類と、係争特許出願時の当該分類の技術の技術水準は、いずれもその仮想人物の能力を具体化するのに十分な参考情報である。発明の進歩性に関する裁判所の論証過程は、ある程度、当業者の技術的能力を具体化したものであり、その論証内容が経験則、論理則、自然法則に反しないものであれば、裁判所が当業者の知識水準について論じていないとは言い難い(最高行政裁判所106年(西暦2017年)度裁字第597号裁定、109年(西暦2020年)度上字第575号判決を参照)。
2. 上記最高行政裁判所判決の趣旨から明らかなように、当業者とは、出願時にその発明の属する技術分野における「一般知識(general knowledge)」と「通常の技能(ordinary skill)」を有し、従来技術を理解し利用することができる仮想の人物である。「一般知識」とは、その発明の属する技術分野における既知の知識を指し、周知又は普遍的に使用されている情報、教科書や参考書に記載されている情報、経験則から理解できる事項などを含む。「通常の技能」とは、定例の仕事や実験を行う通常の能力を指す。よって、出願時の「一般知識」と「通常の技能」を「出願時の通常の知識」という。
3. 被上告人は、乙4号証について、傍証として係争特許に関連する教科書又は参考書乙5号証ないし7号証及び論文乙8号証を提出した。これらはいずれも係争特許の出願日前に発行されたものであり、出願時の通常の知識であると認められる。また、乙4号証の内容は奥深いが表現はごく分かりやすく、十分な根拠があり、その主張を裏付けるために、係争特許出願日前に公開された参考文献も含まれており、本件の争点を判断する上で参考となる価値があると考えられる。したがって、当裁判所は、乙4号証の陳科紅教授の専門家意見書は証拠能力を有すると判断する。また、乙4号証は、乙5号証から8号証とともに、係争特許出願時の「当業者及びその技術水準」を確立するのに十分であるため、当裁判所は、陳科紅教授を法廷に召喚して尋問する必要はないと考える。
このことから、上級審(最高裁)が「当業者の技術水準」の判断手順を欠くべきではないと明確に指摘していたにもかかわらず、IPCCは、訴訟記録の証拠によって、既に当業者とその技術水準を示することができるため、当業者の技術水準を確立する必要はないとしており、明らかに上記第2の見解に偏っていることが分かる。最高裁がIPCCの判断を受け入れるか否かは、その後の上告審の結果次第である。