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知的財産事件審理法改正案 立法院で可決


Winona Chen/ Tsung-Yuan Shen

2023112日に、台湾立法院(国会に相当)は「知的財産事件審理法」(中国語:「智慧財產案件審理法」。以下、「知財審理法」という)の改正案を最終可決した。施行日は、2023830日となる。本改正案は、より専門的で効率的、かつ国際的な趨勢に沿った知的財産権訴訟制度を確立することを目的としており、改正の範囲は多岐にわたり、知財審理法が施行されてから14年来で最大の改正となる。改正のポイントは以下のとおりである。

 
一、知的財産事件の管轄変更
 
(一)知的財産に係る民事事件の第一審は、知的財産及び商業裁判所(以下「IPCC」という)が専属管轄権を有する旨の規定はなかったが、本改正案では、これをIPCCの専属管轄とする旨の規定が新設された。
 
(二)本改正案により、一般の営業秘密侵害に係る刑事事件の第一審(付帯民事訴訟を含む)はIPCCで審理され、国家安全法第8条第1項から第3までの罪(すなわち国家コア技術の営業秘密の侵害)に係る刑事事件の第一審はIPCC第二審の知的財産法廷で審理されるべき旨が規定されている。
 
二、 営業秘密の保護強化
 
(一)秘密保持命令の申立人の範囲の拡大
2007年に知財審理法が制定された際、秘密保持命令の制度が導入された。すなわち、証拠などの訴訟資料に営業秘密が含まれる場合、裁判所は、営業秘密保有者の申立てにより、相手方当事者、代理人、補佐人又はその他の訴訟関係人に対して、営業秘密の開示を秘密保持命令を受けた者のみに限定し、それ以外の者への営業秘密の使用や開示を禁止する秘密保持命令を発することができる。しかし、旧法では、秘密保持命令の申立人を営業秘密保有者に限定していたようで、相手方当事者は秘密保持命令の発令を申し立てることができなかった。すなわち、秘密保持命令を受ける者を誰にするかについて、営業秘密保有者と相手方当事者との間で争いがある場合、相手方当事者が適時に、かつ適切な方法で事件内容を知る権利が妨げられ、訴訟手続の円滑な進行にも支障が生じ、ひいては裁判の迅速性や正確性に影響を及ぼしていた。よって、本改正案は、特定の状況下において、秘密保有者でない当事者も、裁判所に対して、秘密保持命令を受けていない者に対する秘密保持命令を発するよう申し立てることができる旨規定している。
 
(二)「秘密保持命令違反に対する罰則」を強化し、「海外での秘密保持命令違反罪」を導入する。
 
(三)また、知財審理法では、民事事件及び刑事事件における営業秘密に係る訴訟資料の閲覧の禁止・制限に関する規定が新設されるとともに、営業秘密に係る刑事事件及び付帯民事訴訟の当事者又は利害関係人は、第1回公判期日前までに、裁判所に対して、営業秘密に係る訴訟書類や証拠を識別できないようにする(非識別化)ためのコード又は別称を定めるよう申し立てることができる旨の規定も新設された。
 
三、弁護士強制代理制度の新設と知的財産事件集中審理の強化
 
(一)本改正案により、特定の知的財産民事事件(訴訟目的物の価格が民事訴訟法に定める第三審裁判所に上告できる金額を超える民事第一審訴訟事件、専利権(専利:特許、実用新案、意匠を含む)、コンピュータプログラム著作権又は営業秘密に係る民事第一審又は第二審訴訟事件など)については、弁護士による代理を義務付ける規定が新設された。
 
 (二)弁護士強制代理事件における訴訟上の救助、訴訟行為の効力、弁護士報酬を訴訟費用に算入することなどに関する規定を新設する。専利権に係る訴訟事件において、裁判長の許可を得て、弁護士に加えて弁理士を代理人に選任することもできる。この弁護士強制代理制度は参加人についても準用するが、その訴訟代理人の報酬は、訴訟又は手続の費用に算入されない。
 
 (三)裁判所が弁護士強制代理制度が適用される特定事件を審理する場合、又はその他事案が複雑な場合若しくは必要な場合、裁判所は、当事者双方と協議して審理計画を定めるものとする旨規定している。審理計画では、「争点整理を行う期日又は期間」及び「証拠調べの方法、順序、期日又は期間」を定めるものとし、また、「特定の争点についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間」又は「その他の訴訟手続の計画的な進行に必要な事項に関する期日又は期間」を定めることもできる。これらの審理計画に関する事項は、調書に記載しなければならない。
 
四、専門家による審理参加の拡大
 
(一)本改正案では、専利権侵害訴訟が提起された後、当事者は、証拠収集手続きを行う「査証人」の選任を裁判所に申し立てることができる旨規定されている。査証人は専門的知識を持つ中立的な専門家でなければならない。査証人は、製造現場などに赴き現地調査(例えば、工場内に設置された大型設備の構造や稼働状況などの確認)を行うことができ、これは法的拘束力を有する証拠収集手続である。また、この規定は、コンピュータプログラムの著作権、営業秘密の侵害事件にも準用される。
 
(二)専門家証人制度について、商業事件審理法の関連規定が準用される旨の規定が新設された。
 
五、立証の円滑化、審理の効率化
 
(一)本改正案では、裁判所が必要と認めるとき、技術審査官(日本の技術調査官に相当)が作成した報告書の全部又は一部を開示することができる旨規定されている。また、裁判所は、技術審査官の提供により知り得た特別な専門知識を判断の基礎として採用する前に、当事者に弁論の機会を与えなければならない。
 
(二)改正前の知財審理法第10-1条では、営業秘密侵害事件の当事者が一定の侵害事実を疎明し、相手方が尚もその主張を否認した場合、裁判所は、侵害行為に関する立証負担を軽減するために、相手方に対して具体的な答弁をするよう命じなければならないと規定されてい。本改正案では、本条の条文番号の変更に加え、その条文の適用範囲を、専利権又はコンピュータ・プログラム著作権の侵害事件にさらに拡大した。
 
六、紛争の一回的解決
 
(一)裁判所と知的財産主務官庁との間の情報交換制度の導入
裁判所及び当事者が知的財産主務官庁の審理の進捗状況をリアルタイムで把握できるようにするため、当事者が訴訟において知的財産権に取消し又は廃止すべき理由があると主張又は抗弁した場合、裁判所は、直ちに知的財産主務官庁に通知するものとする。通知を受けた知的財産主務官庁は、当該知的財産権の取消し又は廃止の請求を受理したか否かを直ちに裁判所に通知しなければならない。裁判所は、この通知を受けた場合、当事者の申立てにより、知的財産主務官庁から事件記録(事件書類及び証拠物)を取り寄せることができる。
 
(二)独占的ライセンスに関する訴訟告知義務の導入
知的財産権が独占的にライセンスされている場合、その権利者、営業秘密保有者、又は独占的ライセンシーのいずれかが、進行中の訴訟及びその進捗状況を適時かつ積極的に相手方に告知するものとし、相手方は、訴訟に参加するか、他の法定手続に従って権利を行使するかを斟酌することができる。
 
(三)専利権有効性判断の齟齬に係る再審の訴えの制限の新設
従来、専利権、商標権、品種権侵害に関する民事訴訟において、裁判所が確定した終局判決で権利の有効性を認めたが、知的財産主務官庁がその後、確定した専利の無効審判請求、商標登録の無効審判請求又は廃止(取消)審判請求、品種登録の取消又は廃止請求の審決で、当該権利を無効とした場合、専利権、商標権、品種権侵害事件の判決の基礎となった行政処分が変更されたため、当事者はこれを理由に再審の訴えを提起することができる(民事訴訟法第496条第111号参照)。しかし、本改正によれば、確定判決の法的安定性を確保するため、上記の状況にある当事者は、その後に確定した専利の無効審判請求、商標登録の無効審判請求又は取消審判請求、品種登録の取消又は廃止請求に関して下された確定審決に基づいて再審の訴えを提起することができなくなる
 
七、実務上の問題点の解決
 
(一)専利権者による「訂正の再抗弁」の主張への対応
学説では、権利者が専利権の範囲を訂正することによって、相手方の主張する専利権の無効理由が解消されることを「訂正の再抗弁」と呼ぶ。本改正案では、専利権者が訂正の再抗弁を主張する場合、原則として、まず専利主務官庁に専利権の範囲の訂正を請求し、訂正後の専利権の範囲に基づいて請求又は主張する旨を裁判所に陳述し(専利権者が自己の責めに帰すことができない事由により専利主務官庁に訂正を請求することができなくなり、訂正を認めないことが明らかに公平性を欠く場合、直接裁判所にその旨を陳述することができる)、裁判所はその訂正の適法性について判断権限を有するとされた。
 
(二)「付帯民事訴訟手続」(刑事訴訟手続に付帯して提起する民事訴訟手続)に関する規定の改正。
 
八、被害者参加制度の新設
 
刑事訴訟法における被害者の刑事裁判参加に関する規定は、知的財産に係る刑事事件にも準用される旨の規定が新設された。
 
九、裁判手続のIT推進
 
IT機器を利用して訴訟手続に参加できる対象を、参加人、専門家証人、査証人などに拡大する。また、送達を受けるべき者の同意を経て、判決書正本を電子文書で送達できる旨規定された。
 
また、本改正案は当初、「専利又は商標の複審及び争議事件手続」(すなわち、専利、商標案件に関する行政機関の処分に関する救済手続を、現行の行政訴訟手続から民事訴訟手続へと変更するもの)の関連規定を新設する予定であったが、これの前提となっていた「専利法の改正案」及び「商標法の改正案」がまだ立法院に審議のため送られていないため、本改正案では、上記草案に記載された関連規定を削除した。
 
改正知財審理法の執行面では、まだ明らかになっていない点が多く存在する。例えば、(1)査証実施要件に対する裁判所の判断基準(第19条)、(2) 当事者双方の専門家証人が共同で専門意見書を提出することの可否(商事事件審理法第51を準用) (3) 侵害を訴えられた側が具体的な抗弁義務を果たしていない場合に、権利者がその内容が真実であることを疎明したかについて裁判所がどこまで認められるか(第35条)、 (4) 営業秘密保有者でない当事者も秘密保持命令を申し立てることが可能となる改正が、営業秘密保有者の営業秘密証拠提出の意欲に及ぼす影響(第36条)、などである。これらについては、改正知財審理法施行後の具体的な事件における裁判所の運用の実態を踏まえて、さらに検討する予定である。
 
それでも、今回の知財審理法の改正は、現行の裁判手続きを改善し、より完全なものにするほか(この改善には、審理計画、査証制度と専門家証人制度の導入、判断齟齬を避けるための司法・行政情報交換制度の確立、技術審査官の報告書の公開と透明性の向上などが含まれる)、法的手続き制度の面でも営業秘密の保護を強化し、さらに、特定の種類の知的財産民事事件における弁護士強制代理制度の採用によって知的財産権の保護を形式と実質の両面で改善することになる。これは、知的財産権訴訟の利用者にとって台湾が友好的な国になることに大きな助けとなるはずである。
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