ニューズレター
専利出願日/優先日より後の文書は、「サポート要件」又は「実施可能要件」の判断基礎となるか─知的財産・商業裁判所111年(西暦2022年)度行専訴字第26号判決
専利(特許、実用新案、意匠を含む)出願の審査過程において、特許主務官庁は検索した引用文献に基づいて、専利出願の新規性及び進歩性を判断することになる。一般的に、引用文献は特許出願の出願日(優先日)前に公開されたものでなければならない。上記の新規性及び進歩性の判断に加えて、特許主務官庁は、専利明細書の記載が規定を満たしているか否か、すなわち、明確性、十分な開示、実施可能性などの要件を満たしているか否かも審査する。
新規性・進歩性の判断と異なり、特許主務官庁は通常、対比対象として文献を引用することなく、専利明細書、図面の記載から直接、専利明細書の記載が要件を満たしているか否かを判断することができる。しかし、実務上、特許主務官庁が引用文献により専利明細書の記載が要件を満たさないことを否定しようとする場合、この時に採用する引用文献は、やはり専利出願日(優先日)前に公開されたものでなければならないのか。同様に、無効審判請求人が専利明細書の記載が要件を満たさないことを引用文献によって証明しようとする場合、専利出願日又は優先日の前に専利出願日(優先日)前に公開された文献に限られるのか、という問題が残る。
知的財産・商業裁判所は、111年(西暦2022年)度行専訴字第26号判決では、否定的見解を示した。その事件の事実及び裁判所の論理は以下のとおりである。
特許権者は、2014年2月17日に発明の名称を「ネマチック液晶組成物及びこれを用いた液晶表示素子」とする発明について智慧財産局(台湾の知的財産権主務官庁。日本の特許庁に相当。以下「智慧局」という)に特許出願をし、同時に優先権(JP2013-043988、出願日:2013/3/6)を主張した。この出願(出願番号第10315078号)は、智慧局の審査を経て、特許第I488949号(以下、係争特許という)として登録査定となった。
無効審判請求人は、係争特許が特許査定となった当時の専利法の第26条第1項(「実施可能」要件)、同条第2項(「サポート」要件)、第31条第1項及び第22条第2項に違反するとして、無効審判を請求した。この事件は、智慧局により無効審判請求成立の審決(無効審決)が下され、経済部(日本の経済産業省に相当)により特許権者の訴願が棄却された後、特許権者が行政訴訟を提起したものである。知的財産・商業裁判所は、智慧局の無効審決は法律の規定を満たし、かつ、経済部の訴願決定にも誤りはないとして、111年(西暦2022年)度行専訴字第26号判決において、請求項1〜8は無効とする審決を維持する判決を下した。
多くの争点の中で、無効審判請求人は、係争特許の優先日以降に公開された証拠2(特許第I452119B号、以下、「当該証拠」という)をもって係争特許の請求項1〜8が「サポート」要件を満たしておらず、係争特許の明細書により裏付けられていないと主張した。簡単に言えば、請求人は、当該証拠内で記載された実施例に基づいて、係争特許請求項1に記載された化合物の組み合わせが、係争特許の効果を達成できない化合物までカバーしており、あまりも広範囲にわたっていることを証明した。よって、係争特許の明細書に開示された内容から、請求項1の全部の範囲まで合理的に予測又は拡張することは困難である。知的財産・商業裁判所は、上記の主張に同意し、請求項1は明細書により裏付けられておらず、その他の請求項も同様であると判断した。
特許権者は、当該証拠の公開日が係争特許の優先日より後であるため、サポート要件を判断するための適格性のある証拠として否定しようとした。しかし、知的財産・商業裁判所は、専利審査基準の以下の段落を引用して、特許権者の上記の主張は採用するに足りないと判断した。
1. 専利審査基準第二篇第1章1.3.2(「実施可能要件」違反についての審査)の「明細書が実施可能要件に違反すると認めた場合、明確かつ十分な理由を提供し、具体的に明細書における欠落を指摘し、又は公開文献をもってその理由を裏付けて、出願人に応答又は補正するよう通知しなければならない。上記文献は原則的に出願時に公開された専利文献や非専利文献のみに限られるが、明細書の記載内容が、当該発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が正確だと認めた技術事実に違反すると指摘するために、本要件に違反し引用された文献には、出願後に公開された専利文献や非専利文献も含まれる」という記載から明らかなように、請求項に係る発明がそれに基づいて実施できない事実を含むことを証明するために、出願より後に公開された専利文献や非専利文献の引用が依然として認められることがある。
2. 専利審査基準第二篇第1章2.4.3.1(「サポート」要件についての審査)には「請求項の範囲が広すぎて明細書によって裏付けられない場合は、通常、その明細書の記載も明確かつ十分ではなく、当該発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が、一部の範囲を実施できても全部の範囲を実施できない場合には、実施可能要件を満たしていないとみなされる。」とされている。
専利審査基準では、「サポート」要件の審査において、出願より後に公開された専利文献や非専利文献を参照できることを直接明記していないが、知的財産・商業裁判所は、「サポート要件」と「実施可能要件」は互いに関連するものであると認めている。よって、「サポート要件」の審理の際には、出願より後に公開された専利文献や非専利文献も援用することができると判断している。上記判断基準は、専利出願の審査段階と、専利登録査定後の無効審判手続のいずれにも適用される。