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BNCT特許開発の現状を俯瞰する


Amy Chi/Yi-Cheng Huang

医用放射線物理学の分野では、近年、新しい放射線治療技術や腫瘍部位の正確な位置合わせという2つの面において、大きな進歩が見られている。前者の発展は、より優れた物性を持つ線源の使用や、より高度な照射技術の開発など、線量集中性を高めるための先進的な照射方法の開発にあり、後者は腫瘍ターゲットの照射位置の精度向上である。従来、放射線治療の一般的な線源は光子と電子であったが、技術の発達に伴い、発生する放射線のビームエネルギーや体内での透力も向上してきた。しかし、治療の観点からは、放射線自体の物理的制約により、これらの放射線は腫瘍細胞を死滅させる一方で、ビームの通り道(ビームダクト)にある多くの正常組織にも損傷を与えることになる。

 
腫瘍周辺の正常組織への放射線障害を軽減するために、よりターゲットを絞った化学療法(chemotherapy)という方法が、放射線治療に応用されている。また、「放射線抵抗性の高い」腫瘍細胞に対しては、現在、陽子線治療、重粒子線治療、中性子捕捉療法など、相対的生物学的効果比(relative biological effectivenessRBE)の高い線源の開発が盛んに行われている。ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy、以下「BNCT」という)は、この2つの概念を組み合わせたもので、ホウ素1010B)含有薬剤の腫瘍細胞への特異的集積性と中性子ビーム変調の精度を利用し、放射線障害をより少なくする治療法である。
 
BNCTの仕組み
 
BNCTは、熱中性子(thermal neutron、一般に1eV以下のエネルギーを持つ中性子を指す)とホウ素(10B)含有薬剤との間の捕獲率が、ホウ素(10B)含有薬剤がない他の環境よりはるかに高いことを利用している。そのため、ホウ素(10B)含有薬剤を腫瘍細胞に一定濃度で投与すると、腫瘍細胞に照射された熱中性子の大部分がホウ素(10B)含有薬剤と反応し、高エネルギーのリチウム77Li)やアルファ(α)粒子(4He)が急速に放出されることになる。
 
アルファ粒子の最大移動距離(範囲)は8μmで、リチウム77Li)の範囲は5μmと細胞の大きさに相当し、両者の線形エネルギー移動(linear energy transferLET)は150keV/μm以上なので、生体への放射線障害を10B含有薬剤の腫瘍細胞に限定でき、より遠くにあるホウ素(10B)含有薬剤を投与されていない正常組織細胞への障害は比較的小さくすることができる。
 
医用放射線物理技術の開発に関する地理的要因と特許
 
医用放射線物理技術の開発・応用は、単一の国家や地域に限るものではないため、技術開発の地理的要因を探る際には、特許制度が属地主義に基づいていることの影響をを受けることが必然的である。よって、特許を出願する国や地域、国ごとの出願内容の相違、特許を受けることができる対象などを考慮したうえで、特許ポートフォリオ戦略を検討する必要がある。
 
BNCT関連技術の主要な技術内容は以下のとおりである。
 
1装置
 
1.ビームシステム:がん治療への中性子ビームの利用。例えば、台湾の清華オープンプール型原子炉Tsing Hua Open-pool ReactorTHOR)では、治療用ビーム源として中性子ビームが生成されており、がん治療や関連研究のためにBNCTを利用できる医療機関や学術機関に提供されている。これに関する装置を出願対象とする特許は、例えばCN217119151U「高電流サイクロトロンを用いた4治療室型BNCTがん治療装置」である。
 
2.減速材:減速材BSABeam shaping assembly)は、ビーム整形アセンブリとも呼ばれ、加速器から放出される中性子を減速し、がん細胞や腫瘍の形状に合うようにビームを整形する装置である。これに関する装置を出願対象とする特許は、例えばTW1712436「中性子ビーム発生装置」である。
 
2診断又は治療行為
 
治療にあたっては、断層撮影画像から腫瘍の位置や形状を把握し、コンピュータソフト治療計画をシミュレーションし、その後、治療計画案に応じて患者の血液中のホウ素濃度を分析し、患者が受ける放射線量を正確に計算しなければならない。これに関する診断又は治療行為を出願対象とする特許は、例えば、US5,872,107TREATMENT OF UROGENITAL CANCER WITH BORON NEUTRON CAPTURE THERAPY(ホウ素中性子捕捉療法による尿路性器癌の治療)」である。
 
3画像認識ソフトウエア
 
画像認識技術の進歩により、アプリケーションに特化したAI(人工知能)支援画像認識ソフトウエアにより、専門医師の腫瘍のCTcomputed tomographyコンピュータ断層撮影)画像の読影をサポートし、腫瘍の位置や形状をより正確に把握できる。これに関するソフトウエアを出願対象とする特許は、例えばUS11,087,524METHOD FOR ESTABLISHING SMOOTH GEOMETRIC MODEL BASED ON DATA OF MEDICAL IMAGE(日本語訳:医用画像データに基づく平滑化幾何的モデルの構築方法)」である。
 
4治療計画
 
患者ごとに病巣や生理状態が異なるため、患者ごとに最適な治療計画を立てるには、コンピューターシミュレーションが必要である。例えば、患者体内における病巣の位置をどのように3次元的なアプローチにより、中性子領域までに正確に特定するのか、患者が受けることができる放射線量はどのくらいかなどである。現段階では、BNCTは、治療施設(原子炉)と治療深度(8.5センチ以内)の制約から、各治療ステップを洗練するために、コンピュータシミュレーションにより治療計画を立てる必要がある。これに関するシミュレーションを出願対象とする特許は、例えばTWI761966「照射パラメータ選択装置及びその使用方法」である。
 
5ホウ素含有薬剤
 
BNCT治療の成否を決める大きな要因はホウ素含有薬剤であり、ホウ素含有薬剤を体内に静脈内投与した後、腫瘍細胞のホウ素10B含有量が十分で、かつ、正常組織細胞の10B含有量よりも高いことを確認しなければならない。これに関する薬剤を出願対象とする特許は、例えばCN114949215AP-ホウ素フェニルアラニンナノ結晶、その調製方法、及びホウ素中性子捕捉による腫瘍治療用医薬品の調製におけるP-ホウ素フェニルアラニンナノ結晶の応用」である。
 
上記のような様々な技術内容から、国際的な協力や競争が並行して、エコシステムが構築されてきている。現在、主な事業者や研究機関としては、台湾では清華大学BNCT治療センター、禾栄科技(Heron Neutron Medical Corp.)、台北栄民総病院、信東生技(Taiwan Biotech Co.,Ltd)など、中国では北京凱佰特科技、中硼醫療(南京)NEUBORON)、アモイ病院など、日本では株式会社CICS、大阪医科大学の関西BNCT共同医療センター、南東北BNCT研究センター、住友重機械工業株式会社、ステラケミファ株式会社(Stella Chemifa)など、韓国のダウォンシス社(DAWONSYS)、米国のNeutron TherapeuticsTae Life SciencesTLS)など、欧州ではスウェーデンのRaySearch Laboratoriesやフィンランド・ヘルシンキのBNCTセンターなどが挙げられる。上記の事業者や研究機関の多くはBNCT関連特許を出願している。
 
20229月、筆者らがIncoPat特許検索データベースで検索したところ、世界中でBNCT関連技術の特許が1,000件以上登録されていることを確認した。さらに特許分類IPC)別・出願日別推移を見ると(下図1参照)、近年ではBNCT放射線療法そのものの改良が技術開発の主流となっていることが分かる。
 

BNCT治療法に関わる特許出願の拒絶理由、特に特許適格性に関する規定については、留意する必要がある。

 

【図1BNCT特許件数の技術分野別・出願日別推移のバブルチャート(筆者提供)】

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